八千代支部1月例会【オンライン開催】

◆日時
2022年1月20日(木) 18:30~21:00

報告者:(株)ぱっとホーム 取締役会長 青木 正光氏
(千葉同友会/第12代八千代支部長)

◆会場:Zoom

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~京セラフィロソフィに学ぶ経営の原点~
素直な心を持つ 常に謙虚であらねばならない
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新年、初めての「京セラフィロソフィ」の紐解きは、あの経営の神様と言われた松下幸之助さんが説かれていた「素直な心」の大切さについて。そして、経営者にとって自分の会社が良くなってくればくるほど必要な「経営者自身の謙虚な姿勢」を持ち続けることの重要性について学びます。青木様には60歳でスパッと事業承継を成功させた経営体験も語って頂きます。多くの皆様の参画をお待ちしております。

◆会場
Web開催(Zoom)

例会に参加して

≪関わる人たち全てが幸せになる会社を作る~クレドを経営の柱に~≫
洗濯上手 代表/八千代支部 相談役 大久保 貴幸 氏

八千代支部三銃士のトリを飾るのは 株式会社ぱっとホーム 代表取締役会長の青木正光氏の報告です。

昨年61歳という若さで実質的に経営を次世代に引き継ぎ「今はのんびり過ごしているよ」と語られる青木さん。23年前に初めてお会いした時と変わらずダンディなお姿でご講演が始まりました。

創業までの背景

青木氏は36歳での創業まで食品総合卸に始まりルート営業、飲食業、訪問販売業など7回の転職を経験されます。その理由は家族を養うためのより高い収入を確保することが必要だったからでした。訪問販売の仕事をされていた時に「お客様に心から喜んで頂き永続的にお付き合いできる仕事がしたい」と一念発起し志を同じくする仲間と3人でハウスクリーニング業を開業されました。手探りで始めたハウスクリーニング業。山形の同業者のところへの修行の旅を重ねながら初めて手にした給料は一人4万円。「それでも今まで手にした給料よりも心から喜べた、ずっと重みのあるものだった」と語られました。ご自身やお仲間の思いを形にした結果の宝物のような感じと充実感、満足感が伝わってくるようでした。

ハウスクリーニング業から内装業へ

その後お客様の利便性をさらに高めようと並行して内装業への進出を果たした青木氏。青木氏を慕って入社してくる社員も増え売り上げの確保が必要になってきます。当時主な社員は内装業のノウハウを持つ中途採用者であり歩合制を引いており無理な契約が増えお客様からのクレームを頂くことが増えてきていました。これでは「創業の理念からはずれている」と思い切って新卒採用に注力するとともに固定給制など抜本的な改革に取り組みます。不服を訴え退社していく社員もいましたが残ってくれた社員と力を合わせ資金繰り悪化による経営危機も乗り越えました。「改めて経営理念の大事さ、共有することの大切さに目覚めた」そうです。

クレド

この間の諸々の問題はすべて経営者である自身の責任であることを痛感したという青木氏。同友会での学びと並行してクレドを作成し「自分たちの心のうちにあるものを明文化する」ことを目指します。同時にそれを浸透・共感をすることが大事と作成の段階から策を講じます。その方法は社員のいる中心で最初は経営陣がみんなの注目を集める形で作成会議を行いました。徐々に興味を持つ社員が参加し最終的には社員全体を巻き込んで皆で作り上げるというものでした。まさに目標とする浸透と共感を実践されるやり方でこうしてできた理念経営方針は素晴らしく強固なものになることが想像されます。ぱっとホームさんの躍進の原動力になっているのですね。クレドを作成したことで青木氏自身にも変化があったそうです。

 売り上げ至上主義からの脱却
 経営者の真にすべきことへの気づき
 自分自身への戒め

このクレド23項目の中で青木氏が特に大切にしていること、それは「損得よりも善悪を第一の判断基準とすること」だそうです。
会社として経済活動をしている以上は、損得は利益を出すうえでは大切な要素ではあるけれど善悪の判断を無視して利益を追求することはしない。このお考え11月の細矢氏、12月の山本氏と今回の青木氏。まさに三銃士と呼ばれる三人がともに口にされていたことは全くの偶然ではないような気がします。会社の繁栄の背景には経営者のゆるぎない覚悟と姿勢にあることを改めて痛感いたしました。御三方が県の代表理事・副代表理事として常に協力し合えるお仲間となれたのは根本にある人としての思いや考え方に相通じるものがあったのでしょう。

事業承継

61歳とまだまだ現役バリバリの青木氏が事業継承されたとお知らせを頂き驚きもありましたが初志貫徹、それができる計画性、実行性に改めて尊敬の念を抱きました。なぜなら、青木氏が支部長として活躍されていた当時から「60歳になったら後継に会社を任せる」とおしゃっていたからです。25年間の中で社風を確立し経営を安定させさらに社員を育て後継者を擁立する。並大抵のことではなかったと思います。「まだまだできるんじゃないですか」と伺ったところ「私自身はだんだん年も取り時代に合ったアンテナも効きが悪くなっていくかもしれない。それに後を任されるものも10年、15年と経験することが必要なんじゃないかなと思ったから」と次の世代のこと、会社のことを考えての判断だったことがよくわかりました。とはいえ事業承継は容易ではなく3年掛かりであったそうです。金融関係からは現実的選択肢としてM&Aを勧められます。そこでの判断の基準としたのも社員にとって何が一番幸せな形かということでした。そうした中での決断が社員に承継すること。そして新代表には今後30年100年と続く企業であることでした。
M&Aにしたら青木さん自体は一番利があったんじゃない」とお聞きしたところ「たぶんそうでしょうけどそこは全く考えてなかったよ。私利私欲がなくなってるんだよね」とのお答え。脱帽です。

余談

創業時から苦しい時も共に頑張ってくれた社員さんがんばれた理由を明かしてくれたそうです。「あの時、社長たちの給料は僕らより少なかったでしょう。」創業3年は経営者である青木氏たちはここが踏ん張りどころと我慢したそうです。社員さんはそういうところを見逃さなかったのですね。日々の何気ない行いもそれを見ている社員がいて、それが又。経営者として日々求められることは沢山ありますが青木氏を見ているとそれがいつしか普通になるのだと思わずにいられませんでした。だってすごく「よいお顔」されてお話しいただきましたから。

青木会長ありがとうございました。コロナ治まったらまたご一緒に飲みに行きましょう!